capriccioso

気まぐれに 気ままに

「好き」があると頑張れる

今期もいくつかドラマを見ているが、毎週楽しみにしているものの一つが「掟上今日子の備忘録」である。脚本が図書館戦争を手掛けている野木亜紀子さんだということと、ガッキーがかわいいことがドラマを見始めた理由だが、日テレ土9ドラマの平和なこの感じ、結構好きだ。これは土曜の夜に見るからこそ良いのだと思っているが、今回はリアルタイムで観ることができず、今日、録画したものを見た。私が突然このドラマのことをブログに書きたくなったのは、文字に残したいと思うセリフがあったからだ。

今回は、寝ると記憶を失う特異な体質を持つ忘却探偵今日子が、彼女が大ファンである推理小説作家・須永昼兵衛の新作原稿を探し出すイベント"須永フェスタ”に参加する話だった。(説明がざっくりすぎる。)彼の新作(遺作となる)を見つけた今日子がこんなことを言う。

学生時代って今思うとつまらないことでも、悩んだりつらくなったりするじゃないですか。私も御多分に漏れず、そういう時代もありまして。でも、あと一か月で須永先生の新作が読める、あのシリーズの続き、ずっと気になってた続きが、もう少しで読めるって思うと、未来が楽しみになりました。

すごくわかる、と思った。私のように共感した人がきっとたくさんいたはず。そして、私がこのセリフをすごく好きだと思ったのにはもう一つ理由がある。私が大好きな小説の一つ、辻村深月さんの「スロウハイツの神様」に出てくるこの言葉を思い出したからだ。 

 私は自殺を考えたことがあります。それも何回もです。私は全部を投げ出したくなりました。死んでも、惜しいことは何もないって考えた後で、だけど、来月チヨダ先生の新しい本が読めるかもしれないんだなぁと思うと、簡単に自殺の決心が壊れました。〔中略〕その時に死ななくてよかった。チヨダ先生の本を読んで、生きててよかった。

そんなことでやめられる程度の自殺願望なのか、と思う人もいるかもしれない。でも、私はそうは思わなかった。「好き」なものは、自殺を思いとどまらせるくらいの力を持っていると思うから。この「スロウハイツの神様」、文庫本に付いていた帯もすごく良い。

口に出せないほどどうしようもなく好きなものが、私にはある。

どんな「好き」でも良いと思う。本はもちろん、漫画でも映画でも音楽でも、アイドルでも良いのだろう。私はずっと「好き」があるから頑張ってこられたし、これからも頑張れる。

 

スロウハイツの神様(上) (講談社文庫)

スロウハイツの神様(上) (講談社文庫)

 

 

 

スロウハイツの神様(下) (講談社文庫)

スロウハイツの神様(下) (講談社文庫)